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三伏峠小屋の乾燥室

三伏峠小屋の乾燥室                2000.8.6

 塩見岳からの下りのことです。塩見小屋と三伏峠小屋の中間くらいのところで大雨になりました。おおむね下りでしたからそれほど往生したわけではありませんが、ゴアテックスのレインウェアを着ていてもやっぱり蒸れたり湿ってきたりしますし、胸元からの浸水も完全には阻止できません。ザックカバーはかぶせてありましたが、結局は背中側からザックの裏へ雨水がまわることまでは防ぎようがありません。登山靴はなんとか防水性を保っているものの、なんだかつま先のほうから冷たく感じてきたりしました。両手にはトライアル競技用のグローブをしていましたからグリップ性という点では万全です。でも防水という考慮は全くなされていませんから、結局はずぶぬれです。
 三伏峠直前のかなりきつい下り道はミニU字谷みたいな感じで水流にえぐられています。そこを勢いよく雨水が流れていきます。所々に露出している岩は大雨に表面を洗われてしまったためでしょうか、妙に滑らないのがおもしろいところです。
 三伏峠小屋に着いたのは午後4時20分ころでした。もちろん雨はやんでなんかいません。で、小屋泊まりに決めました。ものすごくくたびれていましたし、この大雨の中でテントを張るのはものすごく嫌でしたし、だいいち三伏峠小屋のところの幕営地には既にぎゅう詰めにテントが設営されていて、このあとどこかに移動して幕営するなんてごめんです。
 その三伏峠小屋は、新しくて広いという点は良いとしても(一昨年、玄関にちょっとだけ入ったときには、材木の臭いがばかにきつくて、こんなところで一晩過ごすのは絶対にいやだと感じました)、各自に割り当てられるスペースは小さな布団一枚です。あとで判明した事情によると、倍以上の面積の空き部屋というか空きスペースが誰にも使われないまま朝まで存在したのですが、まあこんなものでしょう。
 割り当てられた自分のスペースを確認して、濡れたものを取り替えて、さて、濡れた荷物濡れていない荷物その他を翌朝までどこに置くかが問題です。そんなスペースなどどこにも無いのです。南アルプスの人気コースの山小屋であればどこも同じでしょうから、荷物置き場が無いことは耐えられないほど不満であるわけではありません。下の階の大部分が未使用スペースであるというのは少々不満であっても、山小屋の経営者というのはえてして客サービスなど考えたこともない連中ですから、いまさら何を言ってもしかたがないし、そういう広大な未使用スペースも緊急時には有効利用されるに違いないと信じて、すなおな登山者になりきることにしたのでした。だから山小屋は嫌いなのです。重くても狭くても背中がゴツゴツして熟睡できなくても、テント泊が最高なのです。

 その三伏峠小屋に、「乾燥室」というものがあって、小屋の受付のおにいちゃんに教えられて斜め前のドアを開けてみると、なるほど8畳間くらいのところに沢山の衣類がハンガーにぶら下がっています。ここを利用しない理由はありません。乾燥室となれば、濡れたもの何でもかんでも、濡れたザックでもレインウェアでもシャツでも、ここにぶら下げれば乾くわけです。しかもほとんど存在しない個人荷物の置き場も心配しないですむわけです。
 そこで、いろんなものを乾燥室に持ち込みました。ザックをはじめ、個人の布団のそばに置いておくのがわずらわしいものは全て持ち込んでしまいました。ハンガーを確保したりブツを動かしたり、面倒ではあったけれど、やりがいはおおいにありました。

 ところが、この「乾燥室」なるものは、実は本当に間の抜けたものだったのでした。実は乾燥室に最初入った時点で危惧感はもったのです。これでいいのだろうか、大丈夫なのだろうか、何かおかしいいのではないだろうか。直感的にも変だし、物理学的にも理にかなっていないのではないだろうか。
 というのは、こういうことです。この乾燥室は、8畳間くらいの横長の部屋で、長辺は木造の壁、短辺の一方は入り口、短辺の他方はガラス窓になっています。換気機能をもった造作は何ひとつ無く、乾燥のための設備らしいものといったら家庭用の大型石油ストーブが1台あるだけです。これがハードであるとして、問題はソフトです。どうやって乾燥させるかです。実に、この乾燥室では、唯一の窓を堅く閉ざし、入り口も原則締め切りとし、その中で石油ストーブを思いっきりガンガン焚いていたのです。
 最初に抱いた危惧の根拠もここにあります。なにしろ、この部屋に入った瞬間、熱を帯びた湿気に正面からムワッと襲われたのです。本当に不快でした。中でハンガーを探していてもメガネは曇るし、息苦しくさえなってきます。雨が降り続ける外の三伏峠よりも、湿度はあきらかに高い。こんな「乾燥室」で、濡れたものが乾くのでしょうか。
 
 やっぱりこの「乾燥室」は大馬鹿三太郎でした。当たり前です。石油ストーブでいくら室温を高くしたって、部屋を閉め切ってしまったのでは湿気は逃げません。乾燥させるということの問題の焦点は、濡れたものから水分をいかに早く蒸発させるかです。小学生でもわかることです。その場合、乾燥室は必ずしも室温を高くする必要はなく、要は、どんどん水分が蒸発するように湿度を下げに下げることです。このことがまるで理解されていない。乾燥室を密閉したうえでどんなに室温を高くしたって、部屋の空気がむしむしするだけであって、湿度100パーセントじゃあモノが乾くわけがないじゃないですか。

 それでも、荷物置き場に不自由したため、乾燥室にはお世話になりました。もちろん、翌朝になっても乾きゃしません。湿ったままの衣類をぐったりした気分で取り込みながら、この小屋の若い人たちのモノの見方考え方をあれこれと想像していたのでした。
 かえすがえす、小中学校での教育は重要なのだと思いました。教員養成系の教育学部を出ていながら教職に就くことなく山小屋のこういう若い人たちを漫然放置してしまった自分をつくづく反省してみるのでした。

*傑作なのは、この乾燥室につるしたものを朝方取り込みに来たおばちゃんでした。「乾いてないわねえ。変ねえ?」などと、この「乾燥室」を信頼しきっているのです。

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